「毎日がイースター!!」

マタイ28:18-20

By Rev.Taisuke Usui

 

 

2016年3月27日のイースターはマタイ28:18-20より、復活されたイエス・キリストが最初に僕たちに

語ったpreaching(説教)を一緒に読み解きました。
 

 

<解説>   

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 ・「いっさいの権威」(ver.18)とは、神のみがもっている権威つまり「人の罪を許す権威」

  (マルコ2:7)も含まれています。

 ・「私の命じたこと」(ver19)とは、ずばり「互いに愛し合いなさい」とのことです。

  そして、どのように愛するのか?はヨハネの福音書13:34にあるように、

  「イエス様が僕たちにしたように」です。

 ・「世の終わりまで」私はいつも、あなたとともにいる(ver.20)
  →僕らの「人生の終わりまで」とは言っていなく、僕らのこの世での生活が終わった後もずっと

  一緒にいてくれる。と言ってくれています。
 


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 僕がすごい困っても、何とかしてほしくても、僕のひいおじいちゃんは助けてくれません。
なぜか?「墓の中に」いるからです。(笑)

 

 アブラハム、ノア、モーゼ、偉大な預言者も僕らのために、なにかはできません。やはり、「墓の中に」いるからです。ブッダ、モハメッドもしかりです。

 

 

 もし、イエス・キリストが復活しなかったら、十字架にかかって罪を購ってくれて死んだままだったら、

どうやって今、僕らの祈りを聞いてくれるのでしょう?

 

そして、僕らの罪は、イエスの血によって許されたとしても、どうやって今も、神の前に正しいもの(義)でありつづけれるのでしょう?そして、神の愛と平穏の中にいつづけれるのでしょう?

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でも、イエス・キリストは十字架にかけられてから3日目に復活しました。

創世記の最初に人類に贈られた最初の福音。「死は踏み砕かれる」(創世記3:15b)は、

なしとげられました。

 

イエス・キリストが今も生きているので、僕らは神の前で正しいもの(義)となれ続け、

神とつながり続けれるのです。そして神の愛と平穏の中にいつづけれるのです。
 


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「キリストはいつも生きていて、彼らのためにとりなしの祈りをしておられるのです」(へブル7:25)

 

「主イエスは、私たちの罪のために死に渡され、私たちが義と認められるために、よみがえられたからです」(ローマ4:25)

 

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 イエスが復活してくれ、今も生きているので、僕らの祈りを聞き続けてくれ、僕らを神の前で義とするためにとりなしつづけることができます。

 

 僕らを「愛してくれた」ではなく「愛してくれている。」のです。

そして、それは僕らの人生の終わりまでではなく、「この世が終わるまで」は続きます。
 

僕らの希望はそこにあり、365日、毎日、ぼくらは、その祝福と恵みの中にいます。

 

イースターが主の復活を喜び祝う日とするなら、ぼくらにとっては、毎日がイースターですね(笑)

 

主の復活を喜び祝いましょう!!

★実際のメッセージは、例えや、詳細な説明、他の聖書箇所の引用などを含み30分くらいのものです。

すいません。すべてを書ききれず、ここではざっくりとした要点のみとなります。

是非、聞きに来てください。